公正証書遺言で母への相続はゼロ|遺留分請求をした実体験

「遺言書を作っておけば、相続は安心」
そんなイメージを持っている人も多いかもしれません。

私も、遺言書は残された家族が揉めないために作るものだと思っています。
しかし母は自分の父親の相続で、公正証書遺言があったからこそ大きなショックを受けた経験があります。

これはもう25年以上前の出来事です。

当時の書類も現在は残っておらず、この記事は当時母本人から私が聞いた話と、母のノートに記された内容をもとに書いています。
誰が正しかった、誰が悪かったという話をしたいわけではありません。

ひとつの相続を経験した家族として、
「遺言書を残すとはどういうことなのか」
「法律で決めれば、それで家族は納得できるのか」

今の私が感じていることを書いてみたいと思います。

目次

祖父には3人の子どもがいた

まず、当時の家族関係から整理します。
祖父には3人の子どもがいました。
長女、長男、そして次女である私の母です。

長男である母の兄は、祖父よりかなり早い1981年、39歳で病気で亡くなっています。
兄には妻と2人の子どもがいました。

祖母は1994年に亡くなり、その後は長女である叔母が祖父と同居していました。
兄嫁は同居ではなく、祖父の家から2軒ほど隣のすぐ近くに住んでいました。

そして2000年に祖父が92歳で亡くなります。
祖父が亡くなった時点で、祖母はすでに亡くなっていたため、遺言がなければ子どもである叔母と母、そして先に亡くなっていた兄の子どもたちが相続人となる関係でした。

単純に法定相続分で考えると、

叔母

3分の1

3分の1

亡くなった兄の子ども2人

それぞれ
6分の1

という形になります。

兄嫁は祖父の子どもではないため、法定相続人ではありません。
ただし、遺言によって法定相続人以外の人に財産を遺贈することはできます。
今回、祖父はその「遺贈」の遺言を残していました。

祖父が亡くなって初めて知らされた「公正証書遺言」

母は生前の祖父から、遺言書の話を聞いたことがありませんでした。
祖母からも聞いていません。
祖父と暮らしていた叔母も、遺言書があることを知らなかったそうです。

ところが祖父が亡くなった直後、兄嫁から「おじいさんは公正証書遺言を残している」と伝えられました。
しかも、弁護士が関わって作られた遺言書でした。

母にとっては、本当に突然のことだったと思います。
遺言書そのものがあることに驚いた。
そして、その内容を見てさらに驚くことになります。

公正証書遺言では、母への相続はゼロだった

現在は遺言書の写しが残っていないため、細かな内容までは確認できません。
母の記憶では、おおよそ次のような内容でした。

兄嫁とその子ども2人に、祖父の財産の約7割。
叔母に約3割。
そして母には、何もありませんでした。

兄嫁については「遺贈」、兄の子どもたちと叔母については「相続」と記載されていたそうです。
祖父の遺産は、現金、株式、実家の土地や建物のほか、祖父が大工をしていた頃に使用していた倉庫などの不動産もありました。

金額の問題も、もちろんあったでしょう。
でも母が一番納得できなかったのは、
「なぜ自分だけがゼロなのか」ということだったと思います。

遺言がなければ、自分にも相続する権利がある。
それなのに父親は、自分には何も残さないという遺言を書いていた。
母にとって、それは単に「遺産をもらえなかった」という話ではありませんでした。

母がもう一つ疑問に思った、遺言書の証人

母が公正証書遺言を見て、もう一つ強く疑問に感じたことがありました。

証人の一人として、兄嫁の父親の名前が書かれていたことです。
財産を遺贈される兄嫁。
その父親が、祖父の公正証書遺言に関わっている。

母は、「これは本当に問題がないのだろうか」と疑問に思ったそうです。
現在の公正証書遺言では、財産を受け取る受遺者本人だけでなく、その配偶者や直系血族なども証人になることはできないとされています。

ただ、今回の出来事は2000年のことです。
遺言書の写しもすでに残っておらず、その人物が実際に法的な意味でどのような立場で記載されていたのか、今となっては私たちには確認することができません。

そのため、この記事で「この遺言書には法的な問題があった」と断定するつもりはありません。
あくまで、母が当時、公正証書遺言の内容とその経緯に強い疑問を持ったという事実として書いています。

母は自分で相続について調べ始めた

突然知らされた遺言書を、そのまま受け入れることができなかった母は、自分で相続について調べ始めました。

今のようにスマートフォンですぐに何でも調べられる時代ではありません。
パソコンで調べたり、図書館へ行ったりしながら、相続について自分なりに勉強したそうです。
そこで知ったのが「遺留分」でした。

遺留分とは、一定の相続人に法律上保障されている最低限の取り分です。
現在は制度の内容や名称が改正されていますが、母が相続を経験した当時は「遺留分減殺請求」と呼ばれていました。

母はまず、以前の職場で関わりのあった弁護士に相談しました。
公正証書遺言の証人のことも含め、「この遺言書自体に問題はないのか」という疑問を持っていたからです。
しかし、その弁護士から具体的な助言を得ることはできなかったそうです。

その後、母が話をすることになったのが、今回の公正証書遺言や相続に関わっていた弁護士でした。
母は、証人の一人として兄嫁の父親の名前があることについても疑問を伝えました。

母の記憶では、その弁護士からは、遺言そのものについて裁判で争う方法もあるものの、裁判をしても大きな金額を得られるとは限らない、それよりも遺留分を請求してはどうか、という趣旨の話をされたそうです。
母には、その弁護士が兄嫁側の立場に立って話しているようにも感じられたといいます。

母は考えた末、裁判で遺言そのものを争うのではなく、最終的に遺留分を請求する道を選びました。

揉めたいから遺留分を請求したわけではなかった

母は、遺留分を請求すること自体には迷いはなかったそうです。
経緯に納得できなかったからです。
一時は裁判をすることまで考えたくらいです。

ただ、母が求めていたのは、兄嫁と争うことではなかったのだと思います。
実際、兄嫁本人と直接話し合ったわけではありません。

遺言書に関わっていた弁護士とのやり取りで手続きは進み、最終的に裁判をせず、母は遺留分を受け取りました。
すべてが終わるまで1年もかからなかったそうです。

兄嫁との関係も、完全に絶縁したわけではありません。形式的な付き合いはその後もありました。

ただ、母の中には、わだかまりが残りました。
それは当然だったのではないかと、娘の私は思っています。

母が一番悲しかったのは「お金」ではなかった

この相続について、一番印象に残っている母の言葉があります。

母は「お父さんは、どうして私にこんな相続をしたんだろう」と話していました。
そして、「私は娘だと思われていなかったのかな」とも言っていました。

これを聞くと、相続はやはりお金だけの問題ではないのだと思います。
法定相続分なら、いくら。
遺留分なら、いくら。
数字だけなら計算できます。

でも、「なぜ父は私に何も残さなかったのか」という母の問いに答えてくれる人はいません。
祖父はもう亡くなっています。
本人に理由を聞くこともできません。
だからこそ、母には悲しさが残ったのだと思います。

私は、父の存在も影響したのではないかと思っている

もちろん、祖父がなぜこのような遺言書を残したのか、本当の理由は分かりません。
ただ、母にも私にも、思い当たることはあります。
それが、私の父の存在です。

祖父は大工の棟梁として、長年堅実に働いてきた人でした。
一方、私の父は、まじめに働く人ではありませんでした。

母と結婚した後、一時期は祖父の仕事を手伝っていましたが、やがて祖父と父は袂を分かつことになります。
父は仕事をせず遊び歩き、借金も作りました。
祖父はそんな父を快く思っていなかったのでしょう。

数年後、祖父は苦労している母を見兼ねて、母に「子どもを連れて実家に帰ってこい」と言ったこともあったそうです。
しかし母は離婚しませんでした。
母が働いて一人で父の借金を返し、家庭を支えました。

母は後になって、「お父さんのことがあったから、私には財産を残したくなかったのかもしれない」と話していました。
母に相続させれば、その財産が父に使われてしまう。祖父はそう考えたのではないか。

私自身も、父の存在が祖父の判断に何らかの影響を与えた可能性はあるのではないかと思っています。
でも、これはあくまで私たちの推測です。
本当のところは祖父にしか分かりません。
そして祖父は、理由を家族に残してはいませんでした。

遺言書には、書いた人なりの理由があったのかもしれない

私は祖父のことを「ひどい遺言書を残した人」とは思っていません。
祖父には祖父なりの考えがあったのだと思います。

亡くなった長男の家族のことを考えたのかもしれません。
同居していた叔母の将来も案じていたでしょう。
母の夫である、私の父のことも気がかりだったかもしれません。

いろいろなことを考えた末の遺言だった可能性もあります。
ただ、その考えは残された家族には伝わっていませんでした。

だから母には、「なぜ」という思いが残りました。
ここに、遺言の難しさがあるように思います。

その後、叔母の晩年を支えたのは母だった

祖父の相続から年月が経ち、その後も家族の状況は変わっていきました。

祖父と暮らしていた叔母も高齢になり、一人で生活することが難しくなりました。
その叔母の晩年を支えたのは、母でした。

施設のこと。
生活のこと。
亡くなった後のこと。
さらに、叔母が亡くなった後に残された実家の整理にも母が行いました。

兄嫁とは祖父の家から近い場所に住んでいましたが、叔母の晩年やその後の実家の整理に関わることはありませんでした。
そうした後年の出来事まで経験したことで、母の中には、「あのときの相続は本当にあれでよかったのだろうか」という複雑な気持ちもあったのではないかと思います。

もちろん、祖父が亡くなる時点で、その後何年、何十年先の家族の状況をすべて予想することなどできません。
祖父自身も、このような未来になるとは想像していなかったのかもしれません。
だからこそ、相続は難しいのだと思います。

公正証書遺言があれば「安心」とは言い切れない

公正証書遺言は、公証人が関わって作成する遺言です。
自筆の遺言に比べて形式上の不備が起こりにくく、遺言を確実に残す方法の一つです。

私は今でも、公正証書遺言という制度そのものには大きな意味があると思っています。
法律や制度は必要です。
家族一人ひとりの過去や感情を全部考えていたら、財産をどう分けるか決めることなどできないかもしれません。
だからこそ、一定のルールが必要なのでしょう。

一方で、人の感情は、制度だけでは割り切れない。
母の経験を見ていると、そう感じます。

家族には、それぞれが生きてきた歴史があります。
親と子の関係。
きょうだいの関係。
配偶者との関係。
誰が誰を支えてきたのか。

本人には本人なりの考えがあり、残された人には残された人の思いがあります。
遺言書で財産の分け方を決めることはできても、その人たちの気持ちまで整理することはできないのだと思います。

母の遺言は、母自身の意思で残してほしい

この相続を経験した母も、今では80代です。

母自身は少しずつ終活を進めていて、もう少ししたら自筆証書遺言を書くと言っています。
私は、母がまだしっかり自分で判断できるうちに、「自分はどうしたいのか」を母自身で決め、その意思を残してほしいと思っています。

祖父の相続では、祖父がなぜあのような遺言を残したのか、残された家族には本当の理由が分かりませんでした。
だからこそ母のときには、財産の分け方だけではなく、それが母自身の意思であることが分かる形で残っていてほしいと思うのです。

一方で、最近はもうひとつ考えることがあります。
母は今はまだ元気ですが、実際に遺言書を書くのが80代後半になったとしたら、一人できちんと自筆証書遺言を作ることができるのだろうか、ということです。

遺言書には決められた方式があります。
せっかく母が自分の意思を書き残しても、形式に不備があったり、内容が分かりにくかったりして、亡くなった後に新たな問題が生まれてしまっては意味がありません。

そのため今後は、母一人ですべてを準備する方法だけではなく、必要に応じて第三者の専門家に相談することも考えていきたいと思っています。

たとえば、公証役場に相談して公正証書遺言を作る方法があります。
公正証書遺言であれば、本人がすべてを手書きする必要はなく、公証人が本人の意思を確認しながら遺言書を作成します。

母が自筆証書遺言を希望するのであれば、法務局で保管してもらう「自筆証書遺言書保管制度」を利用する方法もあります。
どの方法が母に合っているのかは、まだ分かりません。
今の時点で、「自筆証書遺言がいい」「公正証書遺言がいい」と決めているわけでもありません。

ただ、祖父の相続を経験したからこそ、大切なのはどの形式の遺言書を選ぶかだけではなく、それが間違いなく母自身の意思だと分かる形で残すことなのではないかと思っています。

母が元気で、自分のことを自分で決められる今のうちから、「どう残すのが一番いいのか」について少しずつ考えておきたいと思います。

相続で残したいのは、財産だけではない

祖父の相続から、もう四半世紀以上が経ちました。

母自身は今では、「もう全部終わったことだから」と話します。
時間が経ち、母の中でもひとつの過去になったのだと思います。

でも、その経験をずっと聞いてきた娘の私は思います。
遺言書を残すことは、とても大切です。
自分の財産をどうしたいのか。
誰に何を残したいのか。

元気なうちに自分で決めておくことは、終活の大切な一つだと思います。
ただ、遺言書を書けば、それですべて安心というわけではない。

なぜそうしたいのか。
残された家族はどう感じるだろうか。
そして、その相続が終わったあとも家族の関係は続いていく。
そこまで少し考えておくことも、大切なのではないでしょうか。
祖父の相続を経験した母を見てきたからこそ、私はそう思います。

相続で本当に残したいものは財産だけではなく、その後も続いていく家族の関係なのかもしれません。

この記事を書いた人

「ひとりだちノート」運営|元銀行員。
 
家計・資産づくり、親の見守りや暮らしのサポートを実体験から発信。
自分と親の「これから」を少し安心にするヒントをお届けします。

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